2017/08/07

竹川さんを支援する会ニュースNo.12を発行


竹川さんに面会してきました
東京練馬区 泉陽会労働組合 新井佳世子

 私はこれまで拘留されている方に面会する経験がなかったので、半ば緊張しながらセンターに入り面会室まで向かいました。受付で身分証明書を提示させられ、金属探知機を通ったあと、手のひらについた薬物を調べるために手のひらをかざして掃除機みたいな器械で吸引されました。こんな事までしないと面会できない仕組みになっていました。また、アルソックが警備していて、至るところに監視カメラがあり、首にぶら下げたGPSで面会者の動きが全て監視できるシステムになっていました。
 面会時間は30分なので何を話そうかなと思いながら待合室で待っていましたが、面会室に入って竹川さんの姿を見たとき、それまで考えていたことが全て吹き飛ぶような熱い感情がこみあげてきました。
 理不尽な攻撃と真っ向から闘っている竹川さんへの敬意と、竹川さんに全ての責任を押し付け、自分達はのうのうと経営を続けている美泉資本に対しての怒りや悔しさから涙が出ました(泣かないようにグッとこらえて)。
 竹川さんは“林家喜久蔵(現、木久扇)”風の面持ちで、とても優しそうな青年でした。しゃべり方もゆっくりと穏やかに話す方でした。
 実刑は3年ですが、「あと2~3ヶ月後には(仮釈放の)面接があるんです。119番をしなかった事でご利用者が亡くなったと言われている。119番しておけばよかったという反省の気持ちを伝えた方がいいのかなと思っている」と言ってました。

 私は、私たちだけが「それは竹川さんの責任じゃないよ!」と言ってるのではなく、竹川さん自身も「これは自分の責任なのか?」と思っているように思いました。「反省」の意を口にするということは、その責任が自分にあることを認めることになるんじゃないか?・・そんな気持ちで葛藤しているように感じました。
 竹川さんは「反省」していないわけじゃなく、むしろものすごく「反省」しているのです。その竹川さんにこれ以上、何をどう「反省」しろというのでしょうか。そしてそのために保護責任者遺棄の罪を被せて刑務所で拘束し、3年もの月日が必要なのでしょうか。
 私の職場でも年間2400件(平均すると一日6~7件?)ほどの事故報告書が上がっています(返しものを忘れたとか、原因不明の傷が出来ていたとか、ヒヤリハットも含めると事故は日常茶飯事です)。どんな小さな事故でも当該は「申し訳なかった」とか「今度は気をつけよう」とか思うものです。それを「反省」というならそうかもしれません。だから竹川さんが「今度もし同じ場面に遭遇したら救急車を呼ぼう」と思うことは決して悪いことじゃないしそれは「経験から学ぶ」ということです。

 しかし、ここでいう「反省」の本質はそこではありません。この事件の背景には美泉資本の労基法違反と言える勤務実態があり、竹川さんもこの日は非番で「夜勤をやる人がいないから手伝ってくれないか」と急遽お願いされて入った勤務だったそうです。しかもグループホームは認知症のお年寄りが9人で生活しており職員は一人。何も事故が起きなければなんとか回せたとしても、いざ事故が起きた時にその人の容態をこまめに観察できる職員はいません。竹川さんが利用者の転落事故に気がついてオンコールしたのは朝の7:30。この時間は起床援助や朝食の準備で「猫の手も借りたい」状態だったのです。
 ましてや今回の死因は大腿部頚部骨折の際の出血多量だそうですが、頭にしろ大腿にしろ、身体の中の出血は見た目ではわからないもので、発見時は意識のあったご利用者が次に見たときには意識がなくなっていたということは起こりうるものです。
 ところが今回の判決でそのような労働実態の中で働かせていた会社や国の責任は全く問われていません。竹川さんに「保護責任者遺棄致死罪」を命じて「反省」を促すのはこういう実態を問題にするなよという「恫喝」「圧力」そのものです。違法性を罰せられることも営業停止になることもなく、一人の介護士の責任にして逃げている美泉資本。また実刑を命じた国家や裁判員裁判制度そのものに対して改めて怒りが沸きました。
 だから私は「竹川さんが今回の経験を踏まえて次は救急車を呼ぼうと思うことは悪いことじゃないし、事故に出くわした当該であれば誰でも思うことだと思う。だけどこの事故は竹川さん一人の責任じゃないし、竹川さん一人が反省の気持ちを示した所で美泉の労働実態も労働者やご利用者が置かれている環境も変わらない。むしろ竹川さんは被害者であり、竹川さん一人の責任にしてのうのうと運営を続けている美泉資本が許せない。竹川さんこそこの事故の当該として事故が起きた背景を訴え続けてほしいし、竹川さんには全国に仲間がいる。労基署に訴えたりできることをやって竹川さんと一緒に闘っていきたい。ここを出たら仲間になって一緒に闘っていこう」と言いました。
 一緒に面会した二人の仲間も竹川さんへ激励や信頼の言葉をかけ、竹川さんはその都度顔をあげて真剣に聞いてくれました。
 最後に私がアクリル板に手をつけて「握手したいけどできないから」とトントンと叩いたら竹川さんもアクリル板に手を伸ばしてくれました。初めて会ったのに初めて会った気がしなくて、心の距離がグッと縮まったように感じました。
 労働者の武器は団結です。不当逮捕、長期投獄は究極の分断攻撃であり団結破壊です。獄中の労働者は手紙を書きたくても毎月何通しか書けないとか、差し入れが欲しくても入れられないとかさまざまな制限がかけられています。だからこそ獄外にいる私たちこそが獄壁を越えて団結しようと繋がる努力をすることこそが奪われた団結を取り戻す闘いだと思います。
 竹川さんは推理小説が好きだそうですが、私は毎月手紙を書いたり泉陽会労組で出しているビラを送ったりして「事実は小説より奇なり」を伝えていきたいと思います。そして泉陽会だけでなくあらゆる職場で竹川さんの支援をしてもらえるように訴えていきたいです。そしてみんなで竹川さんの釈放を勝ち取りたいと思います。


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